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想像力を働かせる

 12,2020 15:15


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体の内部での故障は
具合悪くても外から見えません
あるいは
一見するだけではわからないです

いずれにせよ

何かを見るには「見る目」が必要だと思います

聴力の不調を経験して
興味深い言葉に出会いました

それは
(その不具合は)外からはわからないから
まぁ、いいじゃない
という考え方です

それは、真っ只中にいた私にとって
ちょっと想定外
その発想は頭に浮かびませんでした

外からどう見えるか?
は、私にとってあまり切迫した問題ではないのです
耳という感覚器官の不調を私がどう感じるかの方が
緊急でそして大きな課題です

他からの視線は
それがいかようなものであれ
私の現状に何もできないと思っています

私は私の内側の嵐と
どのように付き合うかを模索していました

ですが
この言葉を聞いて
自分の中でちくりとしたものを感じたのも確かです

これはいろんな側面から
考えることができると思うのですが
一つ
私の頭に真っ先に浮かんだことは

慈悲の実践と
想像力には
少なからず関係があるだろうということです

たとえ同じような経験をしたとしても
私達はそれぞれ固有の経験を生きています

知りえないものがそこにある

目には見えないということに
私たちは想像力を働かせる必要があります

外から見えなければいいという考えも
自分自身がまさにその当事者だったら
それがどのような経験になるだろうか?
と考えてみる

それだけでも
見方は少し違うものになるかもしれない

それが難しければ
自分自身がこれまでに経験した何かに
あるいは
自分自信が今抱えている何かに
置き換えて、さてどうだろうか?
と考えてみる

その機会を持ってみると
ひょとしたら
意外にも
外からの視線のために
自分に無理やがんばりを強いていることに
気がつくかもしれない

その眼差しは
必ず自分自身にも向けられているはずだから

想像力が及ばない時
私たちは
自分のこともあまり見えていないことが
多いのではないかと思います

私たちはそれぞれ
想像の及ばないところ
というのがあるだろうと思います
見るのが苦手なところ
と言ってもいいかもしれない

その弱い領域を育てる意識をもつだけでも
違ってくるだろうなと思います

想像する力も
それを身につけるには
練習することが必要です

見えないものを
例え薄ぼんやりとでも
見たり感じたりする力を養う

それは分析する力とは違うものです

この先の時代に
より一層
これが必要になる気がしています


OM





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