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自分でやってみる

 28,2019 20:32


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自然の中の円


先月から道元のテキストを読む会に参加しています

道元のテキストは難しいですが
先生が当時の背景をまず解説して
そのあとでは現代においてどのようにそれを考えるのか?
というところに私たちを導かれます

いろいろ学ぶことは一杯あるんだけど
私が惹かれるのは
まず、テキストそのまま額面通りに受け取らず
それを今という文脈においてどう考えるか?
に重きが置かれているところ
そして
テキストの読みとは別に
ヨガと禅って通じるなぁといつも思うのは
禅もヨガも実践することを大切にしている
ということ

ヨガの哲学に興味を持つ人は
おそらく
どこかでこの生きにくさや
悩みや痛みと上手く付き合いたいと思ってるんじゃないかと思います

あるいはより良き人になろう
あるいはより良き社会をつくろう
と思ってるかもしれない

哲学や思想はガイダンスだから
それを使って
わかりにくいことや
みえないことを
いろいろな側面から考えてみる

それは、私たちがどの方向に歩めばいいのか
を指し示してくれるし
また、そうした思索はやらないより
やったほうがいい

いや
その難解なものと格闘することをやっぱりしないと
その場所にはいけないし
そのことを決して無駄だとか
無用だとか私は思わないです

だけど

そのエッセンスは
実際にどのように使うかで
どのようにして自分の日常の生活に生かしていくかにあります

そして
もっとも大切な
とてもシンプルなところ

この日常を生きる

頭で一杯ひねってあれやこれや考えていると
いつの間にか頭が増大する
頭で理解したことはわかった気になるけれど
生きることや存在についての問いは
そこにはやっぱり落ち着かない

ヨガでも禅でも
真理はその外側にある
というのがその考え方だから

哲学的な問いを重ねると
シリアスな姿勢が「本物」っていう錯覚もったり
それっぽいジェスチャーを「正当」って主張したくなったり
そうしたことは道の途中ではしょっ中あるんだろうなと思います

それがダメなんじゃなくて
それを「横に置く」ことができるかどうか

理解ということにおいては
たくさんの思索を重ね探求することは
何かの成熟をもたらすと言えるだろうけど
ここで大切なことは
理解できたとかできないとかじゃなくて

それら重ねたことを手放せるか
あるいは手放した先にあるものをみる勇気
なんだろうと思います

それができた時
内側に広がる清々しさがある

そのことを
light hearted と私の先生たちが言っていました

それを練習してゆきたいなといつも思います

OM



=以下告知です=


【ヨガワークショップ】

11月13日(水)神戸三宮 毎日登山 13:30-15:30 太陽礼拝基本のキ

11月24日(土)京都三条 タミサ リラックスして行こう! 呼吸とリラクゼーション

12月14日(日)京都三条 タミサ On Surya Namaskara 太陽礼拝 呼吸・流動性・アラインメント


【 Yoga Madhya 講座】
2020年1月より月に2回のペースで哲学の講座が土曜に始まります



【ティーチャー・トレーニング】

2020年1月〜 ヴィンヤサ ・ファンダメンタルズ200時間講師養成講座 RYT200プログラム

2020年2月  Ultimate Relaxation リストラティブ・ヨガ25時間講師養成講座

2020年5月  ミニマム・プロップ リストラティブ1日集中講座

2020年10月 ヴィンヤサ ・アドバンストレベル100時間講師養成講座





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