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なにもかもヨガに結びつけるのをやめてみる

 02,2019 08:24



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昨日仕上げたお皿 印判に錫をまいたもの






ヨガ実践してると

あらゆるところで

あ、これヨガだなって思うことの連続です


ヨガは生き方だから

それは、いたって自然なことだろうなとも思います


金継ぎ始めた頃

その何もかもがヨガだって

あらゆる側面にヨガを見つけて

うんうん頷いたり




そして・・・





昨日のこと


デッサンの話から


平面と立体とそれぞれ得意な人のタイプってあるね

という話になり

大まかに分けると

平面のアートは静のタイプ

立体のアートは動のタイプかな


という、単純な分け方ですが

それでも

制作の過程を身体で考えるということに

ちょっと閃くものを感じて


同時に


からだということに

こんなに関わっているのに

そのような見方が私の頭に浮かばなかったということが

実は、ちょっと驚きでした


そして


はた、と思ったわけです




このヨガ目線をやめたい・・・




ヨガは素晴らしい

本当に豊かです



でも、自分が触れるなにもかもに

このヨガというものを結びつけていく思考の癖は

もはやその豊かさから遠のくものなのではないだろうか


いつのまにかそのフレームに収まりこんで

目の前に広がる多彩な世界を

十分に満喫できないでいるのではないだろうか?


ふとそのように考えました




ヨガの深い智慧は

とらえがたく

ひらめいたかと思えば

いつのまにかするっと抜けていて

そこにはもうない




世界をヨガ目線だけでものを捉えようとする姿勢は


捉えどころのないものを

つまり

自由なものを

握りしめようとする

あるいは手元に引き止めようとする

のにどこか似ているように思います




しばらくの間

私はヨガ軸の知性で物事を考えることから

少し距離を置いてみたいと思っています



それらは確かに興味深いし

ヨガ練習生であれば

学ぶことで実践は豊かになる…



かもしれないし

そうでないのかもしれない

 

その問いについては

今は手をつけずにそのまま横に置いておきます




それは

ヨガの実践をやめるということでなく

またその哲学を放棄するというのでもなく



ヨガというフレームでものを「判断する」くせから離れる

練習をしてみるということです




つまり、その視線自体を俯瞰してみる作業




しばらくは、これまでとは違ったフィールドの考え方に

もっと積極的に触れようと思ってます



ヨガの言説から抜け出て世界を眺めたい



手始めに何を手にとってみようかな

まずはそれを探してみます



そこから何が見えてくるのか楽しみです




OM










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