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Beauty and playfulness in the path

 17,2015 13:54
週末、休暇をいただいてCarrie のWSに参加してきました。
Carrie に出会ったのは3、4年くらい前のことです。
NYCの友人のAYAさんがとても素晴らしい先生だから是非と勧めてくれたのがきっかけでした。初めてのクラスの後、身体がとても軽くなるのと同時にとても目覚めた感じがしました。それ以来NYCへ行くたびに必ず彼女のクラスには顔を出します。できるものなら、毎日、いや1週間に1回でもいいから、彼女のクラスでプラクティスできたらなぁと毎回思います。

香港でのテーマはPrescision and Play でした。初日の夜は深いツイストのヴァリエーションを重ねてどんどん身体を開きます。2日目にはカポタサなまで導く文字通りジューシィなバックベンド。3時間かけて層を重ねるように洗練に導かれ身体はとびきり軽くなりました。そして最終日は Playful なプラクティスを重ねてアームバランスやインヴァージョンへ。どれもこれも最高に楽しくあっという間に時間はすぎました。久しぶりに深いところまで導かれたのにアサナの最中もとにかく軽く、何より心は穏やかで、そして身体には風が通るようです。

アイアンガーといえば、Discipline(規律)や Alignment (アラインメント)、あるいはプロップス?が頭に浮かび、ともすればとても厳格なアプローチに考えられがちですが、そうした二項対立の、二者択一の思考から一歩引いて、バランスということを、アサナのプラクティスを通じて探ってゆくというもの。この Or でなく And というところに何度も立ち返ことは、簡単にバランスという一言で終わらせてしまっているものを、再考するよい機会になりました。

芸術と形容したいようなそのティーチングはそれはもう素晴らしいものでした。

しかし、ここまで書いて思うのですが、素晴らしいクラスを言葉で表現しようとすると、なんとも陳腐に聞こえること。

この感動を伝えたいと思いますが(笑)、言葉にして伝えようとするのは間違いのような気がします。

WSは本当に美しいものでした。

素晴らしく目覚めるようなものでした。

どのレベルにあっても(レベルというのはもちろんアサナの熟練度ではなくて道のどの過程にあってもの意味です)洗練へとつながるようなものでした。

そして、良いクラスというのは、やっぱり良いとしか形容ができないように思います。

そして、目覚めるようなプラクティスというのもまたそのようにしか形容できないようなものだとつくづく思います。

というわけで・・・・

一つだけ。

本当にたくさんのことを3日間の間に受け取ったのですが、何より心に響いたこと。

Souls don't want to be fixed.

心・霊(あるいは生命といってもいいかもしれないです)は固定されるのを、身動きできなくなるのを嫌う

fix にはまた修理するとか、去勢するとかいう意味もあるので、
さらに景観は広がります。

私たちは、あらゆる場面で、あらゆる機会で、自分を型に入れようとしていないでしょうか?

心が、霊が、生命が
「力づくでなく、またひるむことなく
私から川のように流れ出るように」

May what I do flow from me like a river
no forcing and no holding back

言葉が胸に染み入るようでした。

Carrie とのプラクティスで学んだことや、私が考えたり感じたことを、ぼちぼちと皆さんとのプラクティスの中で分かち合えればと思います。




Love & Light











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