FC2ブログ

サバイバーのヨガを

 04,2014 19:46
2009年、今は懐かしいOMのスタジオで、
Tari の Cancer Survivor Yoga のためのTeacher Training
を受けてから5年が経ちました。
それは今までに受けたトレーニングの中で、
とびきり深いインスピレーションを受け取ったトレーニングでした。

そこで学んだことは、
乳がんサバイバーにいかに教えるかという技術以前の、
ヨガそのものについて、
ヨガを教えるということについての Faith でした。

そのことが、今日まで、幾度となく
ヨガを教えるということを巡って疑問に悩まされることがあっても、
自分自身に対する Faith と 勇気を持ち続けることの
支えになりました。

タリは途方もなく深い慈悲と愛と、
そして妥協なき姿勢で
今日まで幾度となくチャレンジを乗り越えて、
たくさんのサバイバー達のためにサンガを支え守ってきました。
その彼女の姿勢に勇気をもらい励まされました。

海を越えたここで、今朝この本を手にとって、
彼女が奔走していた姿がまぶたに浮かび、
あのサンガで出会った人達のことが頭に浮かび、
まぶたが熱くなりました。

本がとうとう出来上がったことへの静かな興奮と、
これを書いてくれた彼女と、
サンガを一緒に支えている周りのティーチャー達に、
深い感謝を感じています。

Tari との出会いは OM のスタジオでした。
いつも受けるクラスに彼女も来てプラクティスしていたので、
自然と話をするようになりました。
細くて華奢で、茶目っ気のある瞳の奥に深い優しさを感じました。
彼女がサバイバーヨガのティーチャーであることは随分後になってしりました。

200時間のトレーニングが終わった数ヶ月後に、
私はこの Cancer Survivor のヨガのトレーニングを受けました。
おそらく多くの人が200時間のトレーニングの直後には
選ばないであろうテーマです。

当時の私は、ヨガが救いでした。
ヨガのおかげで、生きていることが喜びで、
それがとてつもない恩恵であることを
感じることができました。
私はキャンサーサバイバーではありませんが、
それとは別に癒えそうにない苦悩と悲しみの中にいました。
ヨガを学ぶ多くの人はそうではないのかももしれません。
でも、また同時に、多くの人がそんな風には見えないけれど、
深い苦悩の中に生きているのだということも知っています。

私にとってヴィンヤサはファンシーな何かではありませんでした。
NYCでファッショナブルでダンサー達が展開する美しいヨガというのは、
私がヴィンヤサに見ていたものではありませんでした。
私にとってヨガは単に身体のエクササイズだけではなかったし、
変わったパフォーマンスやエンターティメント、
あるいは身体をシェイプアップさせることでもありませんでした。

それは今も変わりありません。

沢山のいろいろな人生経験を持った人が来る中で、
ヨガをどう教えるのだろう?
200時間のトレーニングが終わった時、それが大きな疑問でした。
そしてOMでSurvivor のクラスをしていた Tari のトレーニングに、
そのヒントがあるのではないかと私は思いました。
その勘は外れることなく、私はあのトレーニングで本当に沢山のことを学びました。

トレーニングの最後に出したレポートにはそれらの思いを綴ったのを覚えています。
トレーニングが終了したある日。
クラスの前に、スタジオに一人でいるところへTari が近づいてきて
「あなたはこのトレーニングをやり抜きました。」
と言ってくれたその思いやりを今でも覚えています。

サバイバー・ヨガの指導を学びながら、
これまで数えるほどしかサバイバーのヨガを指導したことがありません。
自分が抱えるヴィンヤサのクラスの指導で私は目一杯引き延ばされている状態だったし、
また、積極的に教える機会を求めてこなかったというのもあります。
このヨガを指導できるだろうか?という気持ちがありました。

マディヤをオープンする一つの理由は、
そこでサバイバー・ヨガを教えたいと思ったからです。

Tari の本を手にして、
私にできることを本当に一つづつ、
丁寧に歩みを重ねてゆきたいと改めて思います。

師である Tari に深い感謝を

Namaste



IMG_4481_convert_20141204194429.jpg 






スポンサーサイト



Comment 0