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自己満足から一歩引いた教え方を探る

 14,2014 12:31
ヴィンヤサのためのティーチャー・トレーニングも早半分が過ぎました。

トレーニングはヴィンヤサに焦点が当たっているものの、
ヨガティーチャーを育てるトレーニングなので、
たとえテーマがシークエンスの組み立て方であれ、
アジャストであれ、創造性であれ、
全ての場面でヨガを指導するというのはどういうことなのか、
指導者とはどういう立ち位置なのか?
という事を、トレイニーは直接、そして間接的に指摘され、
自分を見つめるよう求められます。

困難です。とても。
見えない事が沢山あります。
見えない事に愕然とすることも。
全くわからなくなって途方にくれる事もあるでしょう。
自信を喪失したり、足元ぐらぐらするかもしれないです。

「頭を鈍器で殴られるような衝撃的気づき」を経験するかもしれません。
これは一TT生のコメント、笑。

「頭が膨張して何倍にも膨れ上がってぼとんと落ちそうです」というのも有りました、笑。

そうでしょう・・・私も一番最初の200時間トレーニングがそうでした。
あの感触は今でもはっきり覚えています。
そしてまた、その後に続く絶え間ない問いの洪水のことも。
それを経てきたことをとてもありがたいと思っています。
それが未だに続くこともありがたいと思います。
それは歩み続けるのに必要な自信を育て、成長するための謙虚さを学ぶよい機会となります。

TT生達が、今、全員、この困難とそしておそらく喜びの真っただ中に居るだろうと思います。

とっても慣れているはずの事が、殆んど何も知らないことのように見えます。
声が震えることがあるかもしれない。
頭が真っ白になることもあるでしょう。
一歩踏み出すのにとてつもない勇気がいるかもしれない。
絶え間なく、これではダメだという声がどこかから聞こえているかもしれないです。
気がつかなかった自分の一面をみることもあるでしょう。
それは必ずしも心地よいものではありません。

大きな変化の真っただ中に居るのですからこれらは本当に当たり前なんです。

それでいて、この困難が喜びであることにも気づいているのではないかなと思っています。

初めてのトレーニングを導く私自身も同じです。
毎回、毎回、指導はこれでよかったのか?と考えます。
問うのは、技術的なことではありません。
そうではなくて、指導者として適切な指導を導くことができたか?ということです。

ティーチャートレーニングなのでもちろん指導力を養い育てるトレーニングです。
その一方で、Path(道)を指導するわけですから、技術だけではどうにもならないと私は思っています。
そしてまたその技術を「どう指導するのか」ということが、実は最も大切だということも。

HOW TOだけなら、そうした攻略本を読めばいいわけです。
あるいは、HOW TO を唱ったWSで事足りるでしょう。

私はこのトレーニングするにあたって、
スキルやテクニック以上のものを分ちあうものにしたいと思いました。
私が経験あるティーチャーだなどと言っているのではありません。
そうではなくて、多くの素晴らしい師から受け取ったものを、
丁寧にそのまま渡すために、最大の努力を私もするということです。

ヨガはPath(道)だと私は思っています。
少なくとも私はそのように重ねて居ます。
自分で試行錯誤し、自分で探索することを重ねなければ、
それは道ではないのでは、と思います。
手探りの中自分で探求する苦悩と喜びは、他のなにものにも代え難いものです。
それは、それを経験してきた人のヨガを豊かにします。

答えを与えすぎると、その人が探求するスペースを奪ってしまいます。
その人が経験する最も大切な試行錯誤のチャンスを奪ってしまうわけです。
至れり尽くせりは実は厄介です。
HOW TOモノは手っ取り早いですが、その一方で人を育てません。
だから、そのことに自分で気がつくまで、次々とネタを求めてさまようことになります。

ヨガのアジャストメントを考えると、とても良く解ると思います。
ある形に生徒を入れようとあちこち身体を触るようなアジャストメントは、
生徒のプラクティスの機会を奪ってしまっています。
あるいは自分の知ってる知識を1から10まで並べた指導も同様です。
それらは、指導者のエゴだと私は思います。

良い指導とは生徒が自分の足で立つチャンスを失う事なく導く事だと私は思っています。

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それ故に、毎回トレーニングが終わった後に自問自答します。
答えがでるようなものではありませんし、これで正解だ!とか、
最高にいい指導だった、などと思う事は決してありません。
それは、いつも大きな疑問符を心の中に残します。
そして、毎回、次はもう少し良い指導ができるようにと臨むだけです。

トレーニングは当初予定していたものよりもさらに踏み込んだものとなりました。
それを可能にするメンバーが集まった事も祝福だと私は思っています。

トレーニングから、そしてそこに集まった仲間から学んだ事を目印に、
自分の中で問いを重ね、幾千もの同じ動きと幾千もの多様な動きの中から、
自分自身の経験を通して豊かにしてゆくことができますように。

適切な指導が出来るよう、私もまた指導者としての実践を重ね臨みます。

Love & Light














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