FC2ブログ

タリ・プリンスターに聞く〜がんサバイバーのクラスから「失う事と取り戻すこと」

 30,2013 19:14
OM Yoga Cancer Survivor Teacher Training の Trainer であったタリが本当に美しい記事をブログにアップしてくれたので、これは是非紹介したいと思い、急遽つたない翻訳をしてみました。

がん「患者」なのか、サバイバーなのか。

自分で決める事のできる力をもう一度手中に持つ事の意味や、一人の人間としての尊厳をどう取り戻すのか。一方で、周りはサバイバーの経験をどう尊重するのか。

私たちはそれぞれ色々な問題を抱えてはいますが、だから皆同じなんだよと言って、それぞれの経験を消し去り、普遍化し、均一化して、見ない・見えなくすることも、否定するという点において、特別扱いすることの裏返しなだけで、変わりないと思います。

みんなが異なる経験を持つ個人であること、サバイバーの尊厳をレスペクトし寄り添いつつ境界を取り除く事。
この記事からタリがどの立ち位置でこのクラスを育んできたのかがよく見えると私は思っています。

患者でなく、サバイバーという言葉が日本でも定着すればいいなと思いました。

学ぶ事満載の記事です。私も何度も読み返し、問いを重ねたいと思います。


以下、翻訳です。


*****


「タリに聞く 〜 がん治療で髪を失う事・尊厳を取り戻す事」

友人のアマンダが最近メッセージで次のような問いを私に投げてくれました。

「自分を振り返って、自分が髪を全て失った時の事をあなた覚えてる? かすかにのこったこの髪を失う事を自分でもわかってるわ。そして丸坊主で、あるいはスカーフをかぶって外に出る、あるいは時と場合によってはカツラをかぶる勇気が、私にあるかどうか全く自信ないの。私の事を知ってる人は気がつくだろうし、そうすれば私は説明しなくちゃならないし・。」

最初に私に浮かんだ反応は遠い昔に終えたケモセラピー後の生活と髪が薄くなるという老化のプロセスのことでした。そしてそれを申し訳なく思いました。私はあの最初の経験、優しく櫛でとくだけで髪が束になって抜けるあの恐怖を忘れてしまっていたから。あの時、妹は「もうスタイルするものは残っていないわよ、タリ。剃ってしまいなさい!」と言いました。

これはがんが私たちからはぎ取る最初の見栄の仮面の一つです。そのほんの一週間前に、外科医は私の右乳房の殆んどを切除し私の身体の形を変えてしまっていました。

がん患者になるということは失うということと同義語です。命を失うという意味ではありません。がん患者(サバイバー)であるということはまだそれ(命)は手元にあるということです。それはむしろ、身体の部分を、健康で欠けたものが無いという感覚を、髪を失うという治療の副作用をコントロールすることを、そしてプライバシーを失うという事で、究極には、尊厳を失うということです。

アマンダには髪を失うのは一時的な事だと納得させる必要がありました。髪を失うという事は、彼女のプライバシーに対するそしてもちろん自己イメージに対する暴力的なしうちなわけですが、でもそれはまたケモセラピーが効いているという良い兆候でもあるのです。髪を失った頭は勇気を証明するものでもあり、それは彼女がその戦いに勝ちつつあるということでもあります。

ある人々にとっては、この「良い展開」という見方は気安めのように聞こえるかもしれない、でも、私の目には、ケモセラピーで髪を失う事は良いことなのです。それは化学薬品が急速に成長する細胞を、つまり髪やがん細胞を、殺しているということだからです。もちろん、全てのケモセラピーがこうした副作用を引き起こすわけではありませんが、もしこの副作用が起ったなら、私は喜びましょうと言います。

あぁ、取るに足らないような手に負えない髪に悩んだ日々がなんと意味を持つようになるのでしょう!私から認めますが、私がヨガをはじめたのは沢山の間違った理由、つまり見栄のためでした。ヨガは長くしなやかな筋肉を作り、外見は美しい肉体を作ります。がんはそうした見栄のマスクを奪ってゆきました。それは、人生において私たちが抱え込んでいる多くの仮面をはぎ取ってゆきます。

今、ヨガティーチャーである私は、生徒が常にこれに苦悩しているのを見ています。ある女性達は仕事を失うのではないかと気に病み、ある者はパートナーが二度と触れてはくれないのではないかと恐れる。この文化におけるがんのイメージによる烙印はひどいものです。

髪を失う事は一時的で、それに対しどう反応するかで、サバイバーとして、自己の尊厳を取り戻すことへの第一歩になるかもしれません。それは世界に直面する、つまり本当の自分と向き合い、そして何か新しい事を始める機会にもなるでしょう。

社会におけるこのがんサバイバーという人口にヨガを教えるティーチャーとしての私のゴールは、「あなたはがんを患っています」という言葉によってサバイバー達から自動的に奪われてしまう力、つまり自分の人生を自分の手に握る力を取り戻すことです。ヨガを通じて女性達に、彼女達の尊厳は手を伸ばせはすぐそこにあること、人生を心地よく生き、自分の身体をいかに愛する事ができるようになるか、を教えています。

今日、がんを治す道を見つけるということに殆んどの焦点があてられています。それは重要です、もちろん!ですが、がんを患っている人たちを勇気づけ、サバイバー達の生きる力を取り戻す事がとにかく必要なのです。そのことで、その人は「患者」という言葉がほのめかすあらゆる弱さの象徴でなく、再び「人間」であるという実感を抱く事ができるのす。

サバイバーだった当初、がん患者になったと同時に失ってしまったように感じた自分の思考と身体を、ヨガを通じて取り戻すことができたのに気がつきました。ヨガのおかげで腕の運動能力を取り戻し、自分の身体を支える事ができるようになり、再び通常通り動くようになりました。

ケモセラピーの期間中、家族や友人から何回となく「もっとゆっくりしていなさい」というアドバイスを受け、そのことに私は驚きました。実際、どれほど悪い意図はなくても、がん患者という新しいアイデンティティによって、人が私に、自分の事も面倒がみれない無能者のように声をかけることに怒りも感じていました。もちろん、殆んどの治療は気分が優れずエネルギーが落ちていきます、ですが病人である身にも、思慮深いエクササイズは必要なのです。

がんサバイバーでありヨガティーチャーである身として、私はがんは「交渉可能な」病であり、必ずしも息をのむ死の宣告ではないという立場をとります。ストレスを軽減し、癒しを促進し、ケモセラピー中の人生の質を高める事ができ、そして健全である感覚を見いだすことができるような、よいがん患者なりサバイバーとなる道は色々とあるということです。

私の処方箋はヨガです。ヨガががんを治す手だてだと言いたいのではなく、ヨガは誰にとっても恩恵を与えると証明されている処方箋であり哲学ということです。ヨガを通じていかに免疫システムを強化し、疾病と治療の最悪の影響を和らげる事ができるかを学ぶ事ができます。それはまた、次々と自分を覆うマスクをはぎ取られていく最中に、私たちをしっかりと地に足をつかせ、より一層本来の自分になるよう導きます。そして、もちろん、それは「誰のどんな視線の元にあっても」美しい身体を作るのです。

タリ・プリンスター 
Yoga 4 Cancer そして リトリート・プロジェクト ファウンダー
前OM Yoga Women Cancer Survivor TT ディレクター
リビー・ロス財団理事メンバー&ヨガプログラムディレクター


*****


この文から、改めてタリの底なしに深い慈愛と強さを感じました。
ヨガを教える身として、タリの姿勢には本当に感動し励まされます。

NYCでまた会えると思うと喜びで一杯です。

Love & Light,

Kaori






スポンサーサイト



Comment 0