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自信あるわけでも無く、さりとて不安一杯でもなく・・・・

 07,2013 21:27
先週末は仕事始め、今年最初のそれぞれのクラスに新年の希望を感じました。
どのクラスも良いエネルギーとインテンションに満ちていて、あぁ、また新年もこの場所に戻れてよかったと改めてその喜びを感じます。

昨日は、週末のクラス全て終えてから、ヨガティーチャーの友人とふら~っとランチ&ティーへ。彼女はちょっと面白い視点を常に持っていて、彼女との会話からナルホドそういう見方もあるのだなぁといつも興味深い発見をします。同意するか否か、それが果たして文脈に添ったものかどうかは別として(時に彼女は大きくワープするので・・・笑)、自分の思考からはまず出てこないだろうなという意見も沢山あって面白い。話題はあちらこちらに飛んで、とにかく時間はあっという間に飛び去ってゆきました。

ヨガをめぐるいろんな話、どんな風に今後ヨガを学び、深めてゆきたいかに始まり、教える場面での色んな課題についてあれやこれや・・・。具体的な例から、おのおのが抱える問題とそれにどうアプローチしているか・・・などなど。忌憚ない意見を交し合って、結構、人が語りたがらないようなピンポイントで焦点をつく話も、お互いの意見を理解しよう(同意するかは別として)という姿勢があるので、辛らつになったり居心地の悪い感じにもならず、ありがたい・・・。

そんな会話の中でも昨日ちょっと心に残った事。

ヨガをめぐっての話しから、彼女が「あなたは自信があるから」と一言。この言葉を聴いて私は「ふぅむ・・・?」

正直なところ私は「自信」を持っているかどうかよくわからないというのが本音です。どうやら私は自信に満ちているように見えるみたいですが、それは全く違いますね・・・笑。それは不安で一杯という意味でなくて、ただ「自信」といえるだけの確信した何かが私の中にあるのかといえば、そういうものが何なのか私にはよくわからないという感じです。

自信と言える程、確信できる何かはないけれど、さりとて不安で一杯というわけではない。

ただ、今の私に足りないもの、今の自分が提供できるもの、今後の私が探り求めて行きたいもの、その為には「今の自分に」どういう選択肢があるか、についてはある程度はっきりしたヴィジョンや輪郭を持っているように思います。ただ、そんな事を常に考え、プランしているわけではなくて、大概は直感で感じ取っているだけなのですが。そのせいで・・・というわけではありませんが、そうしたヴィジョンなり輪郭は全て「絶対」ではなくて、単に今の時点での選択でしかないと思っています。つまり、そうした選択も輪郭も、100%正しいとか明確ではなくて、常に変更や軌道修正の可能性にさらされていて、大概の場合、不確かで不安定な余白はそのまま放ってあります。

この辺りが、家族から「いい加減だ!」と批判されるゆえんかもしれません・・・笑。

目をそむけているわけでなく、放置してあるわけでなく、その「余白」は危険をはらむと同時に何かを育む場所として、心のあるいは頭の隅に常にあります。プラクティスと同じ、「視線の周縁」で見ているという感じです。

不確かさ、不安定さというのはよくネガティブに捕らえられ、それをポジティブに転換しなくてはならないという話を聞きます。だけど、この不確かで不安定なスペースを、私は時に心地よく感じています。この定まらないスペース、「絶対」でないスペースは、弱さや閉鎖性にも通じるのですが、同時に何かを生み出し、包摂し、受容する懐にも通じているように感じるのです。

もし、私が自信に満ちているように見えるなら、それは、「私の中から出てきたものしか私は伝えることができない」と思っているからだと思います。それは私の今の最善であり、私の今の限界です・・・そしてこれが私を謙虚にさせるのだと思っています。

どこまで行っても道の途中の私です。

そして道がそれ程までに遠く長いという事に喜びを感じています。

今この瞬間、道の途中にあることは祝福されているのだと思います。



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