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ヨガ この有機的なるもの

 25,2012 02:55
TYGでのクラス名が変わることであちこちから何故の声を聞きます。 

これという具体的な何か理由があるわけではなくて、私としては、その方が一層ヨギとしても個人としても自由であると思うし、そしてそれがヴィンヤサというスタイルのヨガにはよりふさわしいあり方なんじゃないかと思っています。私を良く知っている人たちにとっては、Liberation ということについて問うことが頭から離れない私にとって、この選択はさもありなんという感じではないでしょうか、笑。

それに、私にとっては限定しないことで可能性が広がり、そうした試みをするチャンスが生まれます。

これは突発的に思いついたことではなくて、実は、今年の初めにNYCにトレーニングに行った時位から、他のスタイルのヨガも探求してゆきたいという気持ちがありました。当時は特にクラスの名前を変更したいとか考えていなくて、単純により一層学びを深めて豊かな指導をできればと思っていました。

その頃から既にタラとのイマージョンが念頭にあったのですが、たまたま6月にOMのスタジオがクローズになり、さらにタラだけでなく、そのほかの先生達とのプラクティスやトレーニングも今後念頭においているので、そんなところからも、あえてOMブランドの看板を上げなくてもいいのではないだろうか?と思ったのが理由です。

というわけで、秋ぐらいに名前変更の依頼をスタジオに出したのですが、スタジオの都合で区切りのいい来年1月まで待つということになったという次第です。

NYCにはOMTTの卒業生である友人たちが沢山いるわけですが、誰一人としてOMヨガという名前でクラスを教えている人はいません。NYCを訪問するたび、そんな風に自由でインディペンデントな彼らの前でなんとなく居心地の悪さを感じたりもしました。

名前をつかわなくても私のそして彼らのクラスはOMヨガのティーチングにあふれています。名前を使わなくても多くを分け与え指導してくださった先生たちへの尊敬と感謝の気持ちが薄らぐこともありません。それは名前やブランドとは全く関係のないものです。

実際私のクラスはOMヨガの要素を抜きにしてはありえないと思っています。OMヨガで先生たちから惜しみなく与えられた知識と経験は私自身の中にあります。それは私という存在そのものと不可分です。

私にとってヨガとは何だろう。私は何をTeachしようとしているのだろう。今の在り方はLiberationという視点からみてどうだろう。などなど、いろいろな問いを重ねましたし、今後も重ねてゆくと思います。

学んだヨガの方法論が同じでも、それを教える人によって全く違う形で表出し浮かび上がってくるものです。どんなスタイルのヨガもそれを伝える人によって大きく違う。私自身もプラクティスをしたい先生とそれほどでもない先生があります。それは良い悪いという事ではなくて、それほどまでに深く、一個人のBody Mind Spirit & Breathという根源的なところとヨガは繋がっているということです。ヨガとはとても深遠にパーソナルなものです。そんな風にヨガとは有機的なもの、その人そのものなんだと思います。

私のクラスに来てくださる多くの方はOMヨガという名前だから私のクラスにくるのではないと思っています。そしてまた、OMヨガという名前でなくなったという理由から私のクラスに来ないという人もまずないだろうと思います。

そしてそれは、とても素敵なことだと思うのです。


Open Body
Open Mind
Open Heart
and
Radiate them out to others













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Comment 1

2012.12.26
Wed
23:04

Kaori #-

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Re: No title

Ekさん

ありがとううございます❤ 
そんな風にとらえていただいて嬉しいです。
そうありたいと常に思っています。
時にそれは難しくなります。
それは、外的な要因だけじゃなくて、自分のエゴによっても・・・。
だから、常に自分に問うていたいと思うんです(時に投げ出したくなるんですが、ふふふ)

そしてEKさんも同じバイブで生きてるような気がします・・・?w

いつもクラスに来てくださって本当にありがとうございます。
励まされています。

かおり

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