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思いやり・・・そしてRight Efforts

 24,2012 12:18
先週のOM Yoga クローズのブログから一週間。この間暖かいメッセージやメイルを頂きました。
ほんのちょっとした気遣いの一言から、思いをつづったものまで。
どれもこれも温かく、そこにはそっと寄り添うような優しさと心遣いがありました。
受け取って元気をもらったし、心がちょっとほんわか暖かくなりました。
どれもこれもその人なりの思いやり(Compassion)が表れていて、感動しました。
あぁ、人ってヨガっていいなぁって思いました。

クラスに顔を見せてくださるものの、普段、メイルやツイやブログでのコメントなどを交わさない方々からも頂きました。そしてまたかける言葉が見つからずただ温かい心配りを送ってくださる方もありました。自分のクラスに来てくださる方たちの中で、こんな風に緩く自由なサンガ(Sangha)ができていること、そして自分がそうしたサンガの一部で在る事をシンプルに嬉しく思いました。

こういうYogi/nisと一緒に日々プラクティスを重ねているんだ、と改めて幸せに思いました。

ヨガの恩恵とか、OM Yoga的スピリットなどというフレームでなくて、シンプルに自分の中にある思いやりの心を表すことができるって素敵だと思いました。多くの場合、他者に届こうとするには、小さな一歩を踏み出すことが必要です。それをするのには、ほんの少しの気持ち(スペース)と勇気でいいんだけどなかなか難しい。乾ききった土地からは水が沸いてこないように、自分の心が殺伐としていると、そうした思いやりは湧いてこない。得ることばかりを考えていると、握り締めることが当たり前になってしまって、持っている菩提心を他者に分け与えることができない。そんな風に疲れてしまっていると、他者に与えることはなかなかできない・思い浮かばないのだと思います。

ヨガは、正しい努力(Right Efforts)を重ねるプラクティスを通じて、乾いた心に水を注ぎ、握り締めているその手を開くことへと私達を導くと思います。その時、私達はほんの少し自由へと自分を解放することができ、みずみずしい心を持つことができる。どう、正しい努力のプラクティスを重ねればいいのでしょう?

まずは、自分を見つめること。そこから浮上する諸々を批判せずに静観すること。私達がクラスでマインドフルなプラクティスを重ねることで、今の自分の「位置」を知ることができるのだと思います。何にこだわり、何に執着し、何を目指そうとしてしまっているのか。誰と・何と自分を比較し、どういうラベル(評価)を貼り、どこへ自分を他者をマッピングしてしまっているのか。何が自分にとって必要なのでしょう?何故そう思うのでしょう?何を恐れ、何から逃れたいのか。プラクティスを通じて観察してみる。

自分にとっての正しい努力は、自分という混沌の存在をまず見つめることから始まるように思います。そしてその混沌を探る糸を一本ずつ引いてみることなのだと思います。糸は永久に無くなることはありません。プラクティスは一生です。そして、どれだけ重ねようと、私達は「Right Here(今)」そして「Right Now(ココ)」以外のどこにも行くことはないのです。

自分がこだわっているモノを見つめることで、自分の今の位置がわかります。
そのことを批判せずに受け入れたら、それだけでも肩の力が抜けてスペースが生まれます。
マインドフルなプラクティスで生まれたスペースから、私達が生来持つ善が花開くのだと思います。
















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