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天気と洗濯とNYCの想い出

 25,2011 14:58
今日は朝から暴風雷雨?の荒れ模様でした(と、いうか、だったらしい・・・)。私が、心地よい春眠より目覚めたときは、春の日差しがすこぶる気持ちいいよいお天気。

寒い日があったり雨が降ったりとちょっと不安定だけど、やっぱり春はいいな。今年の春はなぜかいつもより空が高いような・・・。春の空って、ちょっと低めで靄がかかったようにソフトだと思うのですが、今年は晴れの日にはときどき青く高く抜けるような空であることに気がつきます。それとも、本当はいつもそんな風に空もいろいろ変化してるのに、そのことに気がついていなかったのかも。

この頃は、お家の庭から近くの公園と、あちこちのお花が色とりどりで目に鮮やかです。牡丹の大輪からパンジーやフリージヤの小さな花まで、ZoZoをお庭につれだし、ブラッシングしたついでにお花の間を歩いては、ひとつひとつのお花の香りを嗅がせてやりました。

ここのところ雨が降ったり曇りだったりとうっとうしい日がちょっと続いてたので、今日は洗濯物をまぶしい陽の中に広げました。日光浴した洗濯物は気持ちいいんです。取り込む時には陽の匂いがして・・・。

ところで、NYCから帰った当初は、洗濯物をお家で洗って内庭で干すことができるというのはなんという幸せか、と、思いました。マンハッタンのアパートは、築100年位というものはざらです。そうなるとビル内にランドリーなんて便利なものも無く・・・。またそれがこうした古いアパートに住む醍醐味でもあるわけですが。エントランスや階段に手すり、高い天井にレトロなライト、鉄製の窓枠や非常階段、壊れそうなんだけど以外と正常に働くヒーターなどなど、アンティークな雰囲気が日々の生活を楽しくしてくれました。

古いアパートはウォークアップであることがほとんどなので、洗濯は文字通り一仕事です。皆、近くのランドロマットまで大量の洗濯物を抱えていくわけです(もっとも私は一度に大量というわけにはいきませんでしたが)。片手間というわけにはゆきません。腰の故障を抱えている私には、かなりの重労働です。慎重にやらないと、つまりちょっとうっかり「えい、片付けちゃえ・・・」っと欲張ると、重さゆえ腰の痛みを増長してしまったり、へたして故障に繋がってしまったり。文字通り、洗濯は命がけ!(笑)でした。

ですが、ランドリーはなかなか楽しいものでした。オーガニックの洗剤がすごく普通に手に入るので、洗い上がりにあの独特の強い洗剤の香りを嗅がなくて済むのもうれしかった。それになんと言っても自分で洗って心を込めて畳んだ洗濯物はいとおしい!(笑)

ランドロマットって人やその地の文化の特性にふと気がつく場所でもあります。洗濯の仕方も人さまざま。だいたいそこまで貯めるのか?と思うほどの量を家族で持ってくる人から、スニーカーを数足ごろごろ言わせながら洗ってたり・・・(日本の潔癖な衛生観念に慣れている人には靴と衣料が同じ洗濯機で洗われているという事実は閉口モノでしょうが・・・笑)っと、こんな風に書くとステレオタイプを助長しているようで誤解を生みそうですが、もちろんアメリカに居る人が皆おおざっぱなのではなく、中にはちゃんと色物と白い物を分けて洗濯する人から、インナー物、アウター物、タオルやシーツやバスマットなどの大物という分け方をしている几帳面な人も居ました。色や素材の好みからどんな洗剤を使うか、でその人の嗜好や価値観あるいは生活の背景が垣間見えたり、洗濯物の畳み方から、ランドリーバッグにどう詰めるかまで、特別意識するとも無く眺めているとおもしろい。作業の仕方から、立ち方、待っている間の姿勢もその人となりを語るように思います。洗濯をセットすると、二人して背中をピンと伸ばしてベンチに座って、真っ直ぐ前をみながら洗濯が終わるのを待っている老夫婦、昔ロッカーだったんだろかってな風貌のおじいさんが、西部劇で酒場に入ってくるかのように入り口から登場したり。小型のラジオ持参で始終鼻歌を歌っているおじさんや、美しい杖を傍に置いて必ず詩集を読んでいる銀髪の女性もランドリーでよく会うレギュラーメンバーでした。

ランドロマットでは、洗濯や乾燥が出来上がるのを待っている間は、一旦アパートに戻ったり、近くのカフェでお茶したり、公園に足を伸ばしたり、近辺を散策して写真を撮ったりして過ごしました。West Village に East Villageと、まさに中心に住んでいたので、何かしら雑用をこなすことができたし、近隣にはふらっと楽しめる何かを見つけることができました。たまには、iPodを聞きながらぼんやりそこに座ってたり、本を読んだりして過ごすこともありました。隣に座っている人、前で洗濯モノを畳んでいる人との会話も楽しみのひとつです。天気やら景気やらの日常的な話しから、個人的な思い出話に始まって、たまには人生について深く語ることがあったり・・・。あるアルコール中毒の男性は、夢と現実がないまぜの、悲哀と喜劇が入り混じった夢物語のような彼の人生の記憶について語ってくれました。南米から来た若い女性との結婚、小さな息子、別離、宙に浮いたバイク、入院、失った記憶、南米の思い出、踊るロバ、若い妻がかけた呪い・・・。明日から矯正施設に行くのだと語っていた彼はどうしているのかなっとふと思います。

なんて書いていたら曇ってきた・・・。猫の目のように変わるこの天気、ヨギとしては無常を感じるところでしょうか・・・。




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Comment 2

2011.05.03
Tue
08:30

Emiko #-

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NYCは人種のるつぼって、エピソードから凄く伝わります。いろんな人がいてドラマがあって、孤独も全て抱き止める街みたい。…行ったことないけど(笑)
翻って我が大阪中津で見つけたコインランドリー。名前が「プーケット」!
日本を感じましたよ。

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2011.05.04
Wed
08:22

Kaori #-

URL

Re: タイトルなし

メッセージありがとう!そうなんです、人種も言語も生活も価値観も本当に文字通りいろいろで、それゆえに数々のドラマがすぐ傍にあります。全く関係のない行きずりのドラマを目の前で見ることさえあります。孤独は都市の生活とは切り離せないのでしょうが、日本と違って、ある意味孤独を乗り切る術みたいなものを横のつながり(家族以外の関係)でフォローしているように思います。救いようの無い孤独や省みられることのない孤独も多くあります。それなのになぜか街の人のエネルギーは力強い。あと、「何者であるか」が交流するときの絶対的な条件あるいは壁にはならないんですね。労働者や移民の生活環境は決してラクではなく、もちろん不満も政治的な活動もあるんですが、その一方でとてつもなく豊かな人とそうでない人が、たとえ一瞬のものだとしても、交流する空間が日常にあったり。それは、固定された支援施設やボランティアなどというものでなく、人々の生活のなかにぽっかり浮かび上がるんです。いいなって思います。ところで、ホームレスの人は結構たくさんいるんですけど、彼らが自分の前にダンボールの端で作ったメセージボードを立てているのですが、ポエティックなものからお涙頂戴みたいなものまでいろいろで、これもNYC文化だなって思いました。中には、記憶しておきたいと思うものもいくつかありました。NYC生活、楽しかったです。やっぱりまた帰りたいなぁって思います・・・。

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